私のエネルギー論!『愛』を思うことで流れを整えよう!

Kamo

お読みいただいて
ありがとうございます!

今回はアインシュタインから
愛を語ります!

ちょっとした思考実験のつもりです。

ロングバージョンになっちゃうかな。
書いていたのが日曜日ということでお許しを (笑)

物理学からのエネルギー論?

スピリチュアルに関して
量子物理学に言及するケースを
よくききますけれど

私、実はあんまり
わかっていません (爆)

理系出身ですが
数学と物理は苦手でしたので。

知っている話① アインシュタインはエネルギーをこう表現した

あ、これだけは知ってます。

アインシュタインの相対性理論
「 E = mc2 」

つまり、簡単にいうと
エネルギー(E)は質量(m)に何かをかければ
求めることができる・・ということ。

c2(光速の2乗)を定数とするなら
ほら、比例の式ですよ( y = ax )

中学1年だったと思いますが、直線のグラフです。

※この程度の知識しかないあせる

知っている話② 原子の中のほとんどの部分は空っぽ

原子の内部構造である
原子核とか電子とかの話なんですが。

ちなみに・・

原子核は原子の
1/100000ぐらいの大きさしかありません。

10万分の1ですよ。

だから原子の構造は
スッカスカということになる。

例えるなら
100m(10000cm)のうち
わずか1ミリに相当するわけですから。

その空間を満たしているのが
エネルギーなのかな、と。

あなたとエネルギーの関係

あなたの思考自体もエネルギーですよね?
これは、怒ったときとかでも体感的にわかると思う。

怒ったときに起きていること

怒り心頭に達しているとき
脈打ちこわばっているのが肉体。

怒っている本体は意識そのもので
それが私自身・・という感じ。
※怒りの奥に冷静な自分も見え隠れするときもある

怒り物質(笑)みたいのが出てくるわけじゃなくてあせる
怒りという波長を持ったエネルギーを発散している。

ちなみに
「エネルギーである」も
「エネルギーを放出している」も
意味としては同じこと。

では幸せになるには?

起こっているあなたは
怒りエネルギーで満たされ
怒りエネルギーを周囲に放出している。。

ここで、「E=mc2」を思い出すと
エネルギーは物質と相互に変換しうるわけだから

遅かれ早かれ
怒りにふさわしい現象(物質)を目にすることになる。

逆に幸せになりたかったら
まずあなたが
幸せのエネルギーを放出していなければ!

ってことだよね。

存在する理由を考えると愛に至る

で、ふと思った。
この世にあるすべてって、何で「ある」んだろう?

私もそう。
これを読んで下さっている、あなたもそう。

仮説:意図があるから存在する?とすると・・

感じるのは
「存在しなさい」「存在していいよ」

そういう意図・意思があったのではないか
ということ。

親がいて、先祖がいて・・
こういう因果律もあるけれど

そうしたものを含めて
「ありなさい」「あれ(在れ)」という
意図があったのではないか。

 

「存在するのは愛があるから」

もしそうだとすれば

目に映る全てのものが
そういう意図を持っていたことの反映であり

私たちはすでに『愛に囲まれている』
ということになる。

 

こう考えるだけで気分が上がりませんか?

あなたも「愛」、私も「愛」されているからこそ
私がこれを書いていて、あなたが読んでいる。

存在を認められているからこそ”存在”する。
これが『万物の愛』だと思うんです。

※似たような概念としては
神道の「八百万(やおよろず)の神」がありますね。

 

別の表現をすれば
『愛』はエネルギーであり
「あれ(在れ)」という意図を持つ。

これに反した意図をもつのは
自然な流れに反しています。

逆に『愛』を発するなら
自然な流れに当然乗ることになる。

流れに逆らわない方が、当然気分がいいはずです。

Muuraさんの語る愛は
この『愛』なんだろうなと思っています。

👇👇👇

もちろんのことですが

流れに逆らっているように見えても
存在を許されている以上
攻撃しなくていい。落ち込まなくてもいい。

あなたが必要な学びをすれば
あなたに関する限り事足ります。

とんでもなく大きい器を感じさせる世界が
私たちの目の前にあるんです。

これ自体も『愛』だよね。

 

愛を意識するライフスタイルを

『愛』を意識すると生活が変わると思います。

時々思い出すだけでも構いません。
ときには感謝の想いを
書き出すのもいいと思います。

感謝とか『愛』に波長を合わせることが
歪みを取り除くことになるからです。

他人も自分も責めることなく
本来のあり方を追求する・・。

波動が高いとか、たぶんそういうことなんだろう
と思っています。

まず、あなたが『愛』を発することから始めましょう。

そういえばこんな黄金律がありましたね。

人にしてもらいたいと思うことを、人にも(同じように)しなさい(聖書)

己の欲せざるところ、他に施すことなかれ(孔子)

同じような内容はいろいろな宗教でも説かれています。やっぱり真実なんでしょうね。
単なる道徳的な教えではないのかもしれませんよ。

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※おまけ※

人に対する愛も尊いとは思いますが

恋愛に代表されるように
相手次第で嫉妬や怒りに転じるなら
『愛』とはかけ離れています。

ムリヤリ思い通りの関係をつくろうとして
権力・権威を利用したり
恐怖を利用したりする。。

こうした「条件つきの愛」は
どこまでもおだやかな『愛』とは
まるで逆方向だと思うんだけど。

 

他人を利用するのも同じ。

放出しているエネルギーは
いつかその人自身に還ります。

利用してやろうという意思が
利用される状況を作り出すわけです。

 

でも本当は
「じぶん」(本当の自分)を見つめるだけでいい。

失敗したらまたやり直せばいいんです。

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素晴らしい一歩を踏み出しましょう!

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